【殴り書きコラム】「初音ミクには心がない」とは言うけれど…。

随分と久し振りな殴り書きです。

まぁ、もうある程度沈静化した話題ではありますが、今週、こんなツイートがTLに流れてきまして。

で、「初音ミクには心が無い」と言うキーワードでTLをチェックしてみたところ出るわ出るわ関連する話題が。

そこから元発言を辿ってみたら、そもそもの原因はこれに通じているようですね。

徳光和夫が「初音ミク」に対して嫌悪感を露わに「やだねえ!」 – ライブドアニュース

4日に放送の「5時に夢中!」(TOKYO MX)で、徳光和夫が、人気のボーカロイド「初音ミク」に嫌悪感を露わにする場面があった。

番組は「夕刊ベスト8」コーナーで「あなたの仕事がなくなる!?」と題した日刊ゲンダイの記事を取り上げた。記事では、野村総研が調査をもとに10~20年後には国内の仕事の半数がロボットに奪われる、と発表したことを伝えている。

(中略)

レギュラーの中尾ミエが「アナウンサーもなくなっちゃうのかな?」と徳光の仕事に話を向けた。徳光はすかさず「アナウンサーや歌手はなくならないと思いますよ」「ロボットに感性はねえだろ」と吐き捨てるように断言し、スタジオで笑いが起きる。

するとここで司会のふかわりょうが徳光に「お言葉ですけど、徳光さん。『初音ミク』っていう、ボーカロイドをご存知ですか?」と尋ねたのだ。初音ミクはライブコンサート「マジカルミライ」(TOKYO MX主催)が開かれるほどの人気ぶりだ。

これに、徳光は「あ~。チラッと見ましたねえ」と、顔をしかめると「やだねえ!」とぶっきらぼうに答え、スタジオの爆笑を誘った。

ふかわは「あれは、若い世代には完全に…」と、ボーカロイドが個性として認知されていることを説明しとうとしたが、話を聞いていた中尾が「あれは、ハートがないからねえ」と、話を遮った。ミッツも「あれがいっぱいいる市場になるかっていったら…あれはひとりだから物珍しくて面白いのであって」と、歌手の仕事が奪われる可能性を否定していた。

…なるほどね。

まぁ、確かに人間がやっていた作業が機械に置き換わる事はありうることだし、アナウンサーや歌手もそう言った機械に置き換わる可能性もあるのでは?と言うのに対して、本職の立場であるアナウンサーの徳光和夫氏と歌手(多分今の若い方の多くはタレントとして認識されているでしょうが、本業は歌手なんです)の中尾ミエ氏が噛みついた、と言う構図なのでしょうね。

 

まぁ、実際本業の方から見れば実情を知っているだけに、簡単に機械化されることはないだろう、と言いたいのでしょう。個人的には僕もそう思っています。だってよく考えてみてください。ボカロやCeVIO、VOICEROID等の今の技術って「喋らせる」「歌わせる」事は出来ても今の段階では「自分の意思では何も出来ない」じゃないですか。なので、ある意味彼らの言い分は理解できます。

 

しかし、中尾氏の言う「あれは、ハートがないからねえ」と言う言い分には異論を挟みたいですね。

正直、ボカロというのは「PCやタブレット等を媒体にした歌を歌う楽器」です。「楽器」と言う観点から考えると、どの楽器も「無機質」なものであり、人間がそれに「想い」を吹き込むことで「心のある演奏」が生まれるものです。実際、多くの方々がTLでそのような反応をしている方が多いですね。

また、それを裏付ける話があります。

タモリ氏が学生の頃、ジャズミュージシャンを目指していた頃に、先輩との会話でミュージシャンを諦めてしまった、と言う有名なエピソードですね。

「おまえ、トランペット、誰が好きだ?」
「いやぁ、マイルス、いいですよね」
「マイルスのトランペット、泣いてるだろう?
 おまえのトランペットは、笑ってんだ……」

これって裏を返せば、タモリ氏のトランペットには(本人の意図ではないにせよ)「笑っている」と言う「心のある演奏」をしている、と言うことが判りますよね?

DTMにだって同じ事が言えますよね?

確かにシンセサイザーを使ってはいても、奏法や表現を研究し、それを打ち込むことで本物の楽器に近い「心のある演奏」を表現出来る訳です。

そう言う事を考えると、ボカロも研究している人は徹底的に人間らしく歌わせることを研究し、できる限り「心のある様な表現」を試みているボカロPも居る訳で。

 

正直、ボカロ=初音ミクというのはボカロPの数の分だけ「心のある表現」をしている訳で(中には意図的にそれを排除している方もいますが)、確かに単体だと「心ない」かも知れませんが、人間が「命を吹き込む」事でミクを始めとしたボカロ達に「心が生まれる」と思うんですよね。

でも、徳光氏や中尾氏みたいにそれを認めない人もいる。それはある意味仕方のないことかも知れません。でも、ボカロもまだ生まれてから10年程度の技術です。シンセサイザーだって世の中に認められるまで結構な時間がかかりました。それを考えるとまだまだ発展途上である事は否めません。

だからボカロについて、認めていない人に対し無理に「認めさせる」と言うよりもシンセサイザーの時のように「自然に世の中に染まっていく」ことが大切ではないかと思います。

 

まぁ、それはそう遠くはないかと思いますが。

 

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